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人間とえんこう(かっぱ)が楽しく仲良く暮らしていたというかつての「広島」。
ある時を境に、えんこうは人間に別れを告げ、今では仲間とともに「ピロ島」で楽しく過ごしているという。
なぜ、共存する楽しい広島はなくなってしまったのか...。
過去と現代を行き来するこの物語を通して、あなたにとっての生き方、そして平和、これからの社会について想いを巡らせていただければと思います。
ぜひ、ゲラゲラ笑いながら、あなたの心を躍らせてごらんください。
広島サミットにあわせて7月末まで期間限定で公開しました。
Message 当日配布のパンフレットより引用
「ピロシマ」の時間
みなさん、こんにちは。ご来場、ほんとうにありがとうございます。演出を担当した劇団こふく劇場の永山智行です。さて今日ご覧いただく「ウタとナンタのさかのぼり」で、この「ウタとナンタ」シリーズも3作品目となります。このシリーズに出てくる「ピロシマ」という土地は、確かに、作家である柳沼昭徳さんの妄想の中にある架空の土地の名前なのかもしれません。けれど、こうして広島に暮らす多様な人間たちが、このシリーズの上演のために、集まり、語り合い、からだを動かし、ふれあい、そんな時間を共に長く過ごすうちに、なんだかここがもう、えんこう(カッパ)たちがお気楽に暮らすその場所「ピロシマ」なのではないかと思うことがしばしばあります。それは単なる気のせいなのかもしれません。誤解なのかもしれません。けれど経済という戦争に夢中になり、スピードやスマートを求め続け、気づくとすっかり荒れ果ててしまったこの国で、わたしたちに出来るのは、こうしてあえて立ち止まり、「生きている」ということそのものをお互いにただ祝う、そんな場所と時間を、こつこつと丁寧に整えていくことしかないのではないかと思うのです。わたしたちは「生きている」という短い時間を、ただ、いま過ごしているだけに過ぎません。でも、だからこそ、「生」と「死」にはさまれたこの時間を、同じ時間に生きている者たちと、ともに愉快に過ごせたらと思うのです。どうか、今日のここでのこの時間が、ともに過ごすすべてのみなさんにとっての愉快な時間であるよう祈って、「ピロシマ」の時間をはじめたいと思います。――と、この文章は3年前のあの日にみなさんにお渡しできなかったものです。あの日みなさんと過ごせなかった「ピロシマ」の時間を、今日こそはみなさんとともに存分に味わいたいと思います。どうぞ最後のその瞬間までごゆっくりお過ごしください。
劇団こふく劇場 永山智行
やさしいじかん
2020年2月、世の中はかつて体験したことのない混乱で満ち始めていました。聞いたことのない伝染病、世界的パンデミック、治療薬はない、ささやかれる民間療法、あれはデマだよという上書き。不安が不安を招き、息を潜め、人と距離を取り続ける日々が始まったのです。触れ合い、寄り添い、大きな声で喋り、笑い合うことで創ってきたこの作品は、残念ながらお客様の前で上演することができませんでした。
人は慣れ、忘れていきます。
「ウタとナンタのさかのぼり、リベンジ公演をしましょう」
ひゅーるぽんの川口さんの言葉に、すでに次回の新作をどうしようかということに頭を悩ませていたわたしは少なからず驚きました。前回と全く同じメンバーでは出来ない事は判明していましたし、稽古時間の確保や会場押さえも難しく、演出のスケジュールも押さえられるかどうかわからない、助成金もとれず資金面でも環境面でも苦難で困難。本当にそんなことできるかしら・・?正直不安しかありませんでした。しかしこの事業は、しっかりゆっくり人と時間を丁寧に紡ぎ演劇を創ることができる現場です。大変かもしれないけど一度立ち止まり、さかのぼってみてもいいじゃない。そうやってこの公演は動き始めました。多様性の重視とか共生社会の実現とか、後からいろんな理由をつけてはいますが、結局は舞台の上で生き生きと笑い騒ぎ今この時を寿ぐ彼らの姿を楽しんでもらい「なんか演劇っていいな」って思ってもらいたいということに尽きる気がします。日々に忙殺され、心はしおしお身体はヨレヨレの今日ですが、そんな状態でも稽古場で彼らとのやさしいじかんがゆっくりと流れていくことに自分が演劇に携わっていることの幸福を覚えています。おきらくでやさしいえんこう達の物語を、お客様にも共に過ごしていただけたら幸いです。本日はご来場誠にありがとうございます。
おきらく劇場ピロシマプロデューサー岩崎きえ
仲間との愉快な時間
2020年2月27日、「ウタとナンタのさかのぼり」本番の前日、私たちは、公演中止を決定しました。それは誰にとってもグッと涙を飲んでの決断でした。
「公演をすることで、人の命を奪うこともあるコロナウイルスに感染する人たちを増やしてしまうかもしれないのならば、公演を中止することは公演を行うことより大切なこと」と当時の関係者宛のメッセージには書いてあります。
それから3年。「コロナ差別」「コロナによる貧困」「生活の自粛」「新しい生活様式の推奨」...、など私たちは社会の多くの側面をかいま見、体験しました。そして、今日、「マスクは自己判断」「5類に移行」という政府発表とともに一つの区切りがつけられようとしています。またこれとは別に、昨年2月からのロシアの軍事侵攻は、今や各国を巻き込み、かつての大戦前の雰囲気すら漂ってきそうです。民主主義と言われながらも翻弄される「民」の姿もあれば、無関心で自己中心な「民」の姿もそこにはあります。「人間は怖い」というこの演劇の中の台詞が3年を経て改めて深く胸に突き刺さります。
3年前のパンフレットをめくると、私はこんな挨拶を書いていました。『そして私は気づくのです。人間は、許し合い、わかり合い、思い合うと楽しく生きていけるんだなと言うことを。人間だから、多少はいい加減なくらいが幸せなのかなと。こんな生き方だと、もしかすると多少の喧嘩はあるかもしれません。しかし、人をあやめたり、訴訟を起こしたり、戦争を起こすまでのことはないんじゃないか。あるいは、細かい決まりを次から次へと作り、神経をすり減らし生きていくことはないんじゃないか。本音を押し殺して建前の顔でにこにこ笑って生きることもないんじゃないか...とそんなことを思います。そして、人間だからこそ、私たちは懐深く生きていかなくてはいけない、そう生きることこそが本当の意味で人間を成長させてくれるのではないか...と。』変わり映えのしない人間社会があるかぎり、私たちは示唆に富んだえんこうを個性あふれる仲間と共に愉快に表現していきたいと思うのです。
認定NPO法人ひゅーるぽん 川口隆司
「ウタとナンタのさかのぼり」
という作品ついて
この作品は、2018年「ウタとナンタの人助け」2019年「ウタとナンタのピロ電祭り」に続く、シリーズ最終となる第3作目となります。第1作では、えんこうの世界に迷い込んだ若者、第2作ではえんこうのお祭りと関係のこじれた夫婦との絡みを通して、楽しく物語は進んでいきます。そしてその中にヒロシマの記憶やえんこうと人間社会の対比も織り込まれ、多様な役者による舞台構成とも相まって、関係者である私たちでさえもその物語に引き込まれ、ふと考えさせられるのです。
2016年、NPO法人ひゅーるぽんと一般社団法人舞台制作室無色透明とで、プロアマ問わずまた障がいの有無も関係なく演劇をやりたい人で表現活動をしようとこのプロジェクトが始動したことが、この作品を産むきっかけになりました。今では、「おきらく劇場ピロシマ」という劇団名もつきました。
なお、「ウタとナンタ」の三作品は全て、脚本は柳沼昭徳氏(烏丸ストロークロック)、演出は永山智行氏(劇団こふく劇場)が担当されています。